冬のオルチャ渓谷へ。
冬の晴日は、朝夕の気温の差で霧が出ることがある。今朝はフィレンツェのドゥオモの赤い丸屋根がすっぽりと霧の中。うっすらとかかる霧のフィレンツェを後に、オルチャ渓谷へ。
吹く風は冷たいが、気持ち良く晴れ渡る空の下、長い影を落とす糸杉たち。今日もよろしく、オルチャ渓谷よ。
青空に映えるサン・クイリコ・ドルチャの教会。軽くカーブをなす道から見える姿の美しさよ。まるで計算されたような角度から、イタリア人の美的感覚の鋭さを思い知らされる。
オルチャ渓谷のシンボル「ヴィタレータ礼拝堂」は、オルチャ渓谷で最も写真撮影される風景の一つである。糸杉に挟まれた白い礼拝堂。ここに昔、受胎告知を受けて戸惑う表情のマリア様像があった。アンドレア・デッラ・ロッビア作の雪のように白く清らかなマリア様である。19世紀から、サン・クイリコ・ドルチャの村に移された。
世界遺産の街ピエンツァの大聖堂。広場にはクリスマスツリーが設置されている。1月6日のクリスマスシーズンまで、冬眠中だった街に束の間の活気が戻る。
ピエンツァのクリスマスは、例年、果物をモチーフとした飾りで彩られる。
ルネッサンス時代に活躍した「デッラ・ロッビア」一族の作品に登場する果物や花の縁飾りにとてもよく似ている。ピエンツァはルネッサンスの宝石と呼ばれるが、この飾りはまさにそれに相応しい。
陽の光に輝くオルチャ渓谷。丘に伸びる道はローマまで続く。今となっては歩いてローマへ行く人はほとんどいないだろうが、中世には商人、巡礼者、領主、兵士、教皇、様々な位の人々がそれぞれの目的を持って行き交ったことだろう。
12月のオルチャ渓谷は、低い陽の光が、連なる丘に独特の明暗を作り、いつも以上に景色が絵画的に見える。
丘のうねりがよくわかる。これでは耕すのは大変だろう。よくこのままの自然を保ちながら手を加えたものだと感心する。これが世界遺産の故である。
お昼は静かな村にて。ここのレストランを知って、もう10年近くになる。オーナーのシニョーラは、私が仕事を始めて最初に出会った方のひとりである。「美味しい食事が人々にどのような影響を与えるか?」ということを教えてくれたシニョーラ。とても人気があったのに、残念ながら12月で店を畳む運びとなった。最後にここでシニョーラに会えてよかった。終業とは言え彼女がこの村で営業しているもう1軒のレストランは健在だからまた会えるのだが、それでも一つの歴史が終わったことになる。
ノスタルジアに耽りながらこの美しい景色を眺めていると、アメリカ人観光客と地元のおじさんの会話が耳に入った。素晴らしい景色ねという褒め言葉に、そうだと目を細めて景色を見つめるおじさんが話しを続ける。
季節によって表情が違うんだ。冬は小麦が芽生えて見た通りの風景が広がるが、初夏には丘は緑で覆われる。夏に小麦が刈り取られ、秋は土色の中に点在する黄葉した森が美しい。どこかに旅行しても三日もしたらこの景色が懐かしくなんだ、と。オルチャ渓谷の景色がおじさんの人生に重なる。
この日のお客様は大学生の男の子たち。息子のような彼らを前にオルチャ渓谷をどう調理しようか?と考えるのも不要で、オルチャ渓谷が俺にまかせろと言ってくれたかのような美しい1日だった。非常に心遣いのある行儀の良い子たちで、私も旦那も気持ち良くご案内ができた。
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