フィレンツェでマニエリスム展覧会へ。
フィレンツェで『Cinquecento a Firenze/フィレンツェ1500年』と題した展覧会が開催されている。
Cinquecento a Firenze
2018年1月21日まで
於:ストロッツィ宮にて
毎日 :10時から20時
木曜日:10時から23時
チケット:
12ユーロー65歳以上、18歳から26歳9,5ユーロ
14ユーロードゥオモ付属美術館と共通チケット
無料ーフィレンツェカード保持者、6歳以下
1500年代に活躍した芸術家、すなわちミケランジェロ以降、バロック以前の芸術家に焦点を当て、宗教的なものと世俗的なもの(キリスト教以外のもの)を、マニエリスム、そして対抗宗教改革の波や個人の収集家の目を通して表現した作品の展覧会である。
時系列に並べられた展示は、ミケランジェロから始まる。
修復が終わり本来の色を取り戻した河神のモデル。河神はメディチ家礼拝堂の新聖具室に置かれた墓碑の装飾の一つに加えられるはずであった。ミケランジェロには珍しく実物大でモデルを作ったが、ついに大理石で彫られることはなかった。試作とはいえ見事である。墓碑には、もう少し起き上がった姿勢で飾れるはずであったそうだ。
ミケランジェロの奥には、アンドレア・デル・サルトの『死せるキリストへの哀悼/ルコのピエタ』
『我輩は猫である』でも語られるアンドレア・デル・サルトは『間違いのない画家』と評される。
フィレンツェの画家らしいしっかりとした構図の安定感ある画風から、時代はこの後、玉虫色の衣装を着た蛇のようにくねる不自然な姿勢をした人々が所狭しと溢れる表現法のマニエリスムへと続く。
展覧会を代表する作品が飾られている部屋へ入る前に、バッチョ・バンディネーリのヘルメス神。バンディネーリといえば、ミケランジェロを真似たはいいが、真似た箇所は彫刻の大きさだけと酷されるが、このヘルメス神はまだ自分がミケランジェロと同様に優れていると思い込む前の作品である。バンディネーリにしては、ヘレニズム風の繊細さに驚く。しかし、表情がなんとも惜しい。卑しい感じのする目とだらしない口元が神であることを否定しているかのようで、残念。鼻があったらバランスが違うのかしらん。
展覧会で一番主要な作品はこれら2枚の『キリスト降架』。左がロッソ・フィオレンティーノ、右がポントルモ。ロッソはポントルモより1歳年下。2人ともアンドレア・デル・サルトの弟子のマニエリスムを代表する画家で、両作品とも1520年代という同じ時期に制作された、と共通点が多い2枚である。
マニエリスムとは、簡単に言うとヴァザーリが『芸術家列伝』でミケランジェロを代表とする盛期ルネッサンスに完成された技法を『新しい手法/マニエラ・モデルナ』と称し、『新しい手法』を模範とする芸術家をマニエリスムと呼ぶようになった。
マニエリスムから生まれた言葉で、目新しさや独自性がないという意味でマンネリという言葉があるが、盛期ルネッサンス時代の巨匠を真似るだけのマンネリで冴えないマニエリスムの画家たちがいる中、ポントルモとロッソ・フィオレンティーノのスタイルは、ミケランジェロの体のひねりや色合いなどを真似した、遠近感のないマニエリスムのそれではあるが、彼らは単なる真似るだけのマニエリスムを乗り越え独自性を確立した画家たちである。
ヴォルテッラの市立美術館から借りたロッソ・フィオレンティーノの『キリスト降架』。十字架と梯子のまっすぐな線の『静』に対して、キリストの体が落ちていかないように支えるニコデモたちの風になびく衣装、ハッとする赤い衣装のマグラダのマリアとマリアの悲しみやヨハネの嘆きと心にぐっと迫る『動』が効いている。見ている方にも強い風が吹いてきて心がざわつく、とでも言うのかな。
サンタ・フェリチタ教会のポントルモ作『キリスト降架』。修復で甦ったパステル調の色彩が美しい。16世紀といえば油絵が主流なのだが、これはテンペラ画。テンペラ画とは、顔料を生卵で混ぜたもの。一方、顔料を油で混ぜたものが油絵で、油絵は微妙な色あいやぼかしなど幅広い表現が可能となる。反面、テンペラ画は乾燥が早いので色のニュアンスを出すのが難しいが、何よりも明るい色彩が長く保たれるという利点がある。色を保つに重点を置いたのだろうか、ポントルモはあえてテンペラ画で描いている。
聖母マリアの悲しみの顔。悲しんでいるのに、ポントルモらしいぼやや~ん感があって、いいわぁ。
キリストを支える天使?のなんと不安げな顔!
右上で黄色い衣装を着てこちらを見ているポントルモ自身の物憂げな様子も、良い。
『キリスト降架』なのに、十字架も梯子もない。では、キリスト埋葬?でも墓がない。謎を呼ぶ絵画であるが、礼拝堂の祭壇上に飾られていることから聖体拝領を表しているのではないかと言われている。
共通点が多いということでこれらの2枚の『キリスト降架』は美術の教科書などで比較されて掲載されることが多いが、実際に並べて展示されることは初めてで(だったと思う)、今後もこんな機会はないだろうという貴重な展示会なのである。
ロッソはヴォルテッラ市立博物館の貸し出しが難しい絵であるし、ポントルモはサンタ・フェリチタ教会の礼拝堂に戻ってしまうと何やら暗くて見にくくなる。ぜひ、この機会に!
上記の2枚と並んで、ブロンズィーノの『キリスト降架』も展示されている。ブロンズィーノの描く冷たくて透き通る肌が美しい。
ブロンズィーノはポントルモの弟子で、この絵はポントルモの『キリスト降架』から約15年後に描かれた。
実は、この絵、フランスとフィレンツェに1枚ずつある。展示会のものはフランスから。元はヴェッキオ宮殿のコジモ1世の妻エレノオーラ・ディ・トレドの礼拝堂のために制作された絵だが、時の皇帝シャルル5世の書記官がこの絵を大変気に入ったので、コジモ1世が書記官に贈呈してしまった。全く同じものを礼拝堂に描き直したが、やはり最初に描いた方に力が入っているんじゃないか?
フィレンツェにも同じものがあるだけに、フィレンツェで、しかも師匠のポントルモと並べて鑑賞できるなんて、これもまた2度とない機会であろう。
16世紀のフィレンツェで忘れてはならないジョルジョ・ヴァザーリによる『無原罪の御宿りの寓話』。ヴァザーリは対抗宗教改革で主要な教会内装飾の改築を担ったわけだが、対抗宗教改革の絵画はカトリック教会教義の『分かりやすいメッセージ』でなければならない。ゆえに、この絵の中にも分かりやすく多くのエピソードが描かれている。裸のアダムとエヴァ、真ん中に知恵の木と聖母マリアの足元に踏まれるルシファー、アブラモからダヴィデのキリスト家系図、上部に7人の天使に囲まれ12の星を冠した聖母マリア様がいらっしゃる。
ベンヴェヌート・チェッリーニのアポロンとヒュアキントス。その後ろには、フランチェスコ・サルヴィアーティの『受胎告知』
青と赤の混じり合う色合いがなんとも綺麗。
まずは展覧会の前半をご紹介した。この展覧会は、前ウフィッツィ美術館長のナターリ氏が企画したもの。彼は3年前にも、ロッソ・フィオレンティーノとポントルモの展覧会をストロッツィ宮で企画したが、前展覧会はイギリスの雑誌が主催した『世界の展覧会賞』において最優秀賞を受賞した。おそらく今回も同じく最優秀賞を得るのではないかと思うわれる、その素晴らしさに身震いする展覧会である。
秋冬にフィレンツェにお越しの美術ファンの方は、ぜひ足をお運び下さいませ。
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